一人暮らしを始めて1年が経った件。
季節は弥生。
寒さの中にも少しずつ春の訪れを感じるようになって来た。
少し前に「山口に来て1年が経った件。」という記事を書いたが、一人暮らしの件もあるし、もう少しだけ綴ってみる。
結論から言うと、自分には一人暮らしは向いてないと感じた。
人嫌いの自分ではあるが、元来寂しがり屋なので、はっきり言って一人暮らしが楽しいと思ったことは一度もない。
休みの日はほとんど寝てばかりで、たまに人と話すことがあると、仕舞いに喉が痛くなってくる。自分の場合、一人暮らしをしていると声帯が退化するらしい。
加えて、以前の職場では1週間が2週間に思えるほど休みが待ち遠しく辛い毎日を送っていたが、今はわりとすぐに休みがくる気がする。
それは良いことなのだが、何も予定を立てていないときなんかは、退屈な土日が来ることを考えて少し憂鬱になっている自分すらいる。
特に、この間みたいに旅行に出掛けた後なんかは次の楽しみが無くて、ひたすら無意味に寝続けたりしてしまう。
今日も一日の半分は寝ている気がする。
徒然なるままに、どうしようもないことを綴ってみたが、なんだかんだ言ってまだ暫くは山口にいそうな感じだ。
クビにでもならない限り、あと数年はいるんじゃないかと思う。たぶん。
もうじき山口で2度目の春を迎えるわけだが、去年と比べると少しは状況が違う。
ジモティをきっかけに人脈も広がりつつあるし、行動力も向上したように思う。
一人でいると辛いことは多いし、落ち込んだ日なんかはいつまでもその暗い感情を持て余してしまうが、適度に他人と会って良い刺激を受けたいものだ。
そのうちに、何かが変わってきたり得るものも出てきたりするのかもしれない。
前職についていた頃、無性に一人暮らしをしたいと思ったことがあった。
人付き合いに疲れて、友達も家族もいない、知り合い皆無の山奥に逃げ込みたいと思った。
でも、やはりそれは無理だったのだろうなと思う。
今でもたまに誰とも関わりたくないと考える日はあるが、やはり人恋しくなる。
親戚が近くにいる今の状況でもこんな状態なのだから、きっと完全な一人ぼっちになると多分病む。
自分が傷つかないために、人と距離をとり自分の殻に閉じこもっていたいものだが、それもそう簡単にはいかない。
退屈なのを理由に行動力や活動範囲が広がったのは山口に来た成果なのだと言えよう。
とか、言いつつ今日も家に引きこもっているわけだが。
何にせよ、この春で2年目の山口。
思い起こせば一年前、ワーキングホリデーだと思おうと意思を固めて山口行きを決めたのだ。
まだ行っていない観光地があるし、近隣の県にもまだまだ行ってみたい。
ジモティとかを使って更なる友人を募りつつ、引き続き山口ライフを楽しんでいこうと思う。
台湾の友達に会ってきた。2
台湾旅行2日目 2/23
今日はこの旅の大本命、台湾の友人に会う予定だ。
相部屋になった中国系の女の子に別れを告げ、足早にホテルを出た。
久しぶりに友達に会うことを考えるとなんだかドキドキして、あまり寝られなかった。
雙連朝市を訪ねてみた。
まずは朝ごはん。台湾で朝食の定番らしい豆乳スープ、豆漿を食べることにした。
せっかくなので、台北駅近くのホテルから歩いて20分ほどで着く雙連朝市に向かった。
地下道をてくてく歩いていき、地上に出るとさっそく周囲から焼き魚のような匂いが漂ってきた。
目の前には一本の小径を取り囲むように多数の屋台が立ち並び、果物や海産物をはじめとした商品が所狭しと陳列されている。
道は賑わい、地元民はもちろん観光客など多くの人々が辺りを行き交う。
朝市の最寄り駅、雙連駅のすぐ近くで豆漿が有名な店を発見したので、そのまま入店した。
今回、注文したのは鹹豆漿。
塩味の豆漿だ。甘いやつもあるらしい。
ここの店員のおばちゃんも日本人に慣れているらしく、パパッと注文を取り料理を持ってきてくれた。
ラー油が掛かっていて、けっこう辛い。
でも、味はわりと好きだ。朝から刺激物はつらいが、流動食なのでラー油を避けて食べれば胃には優しそうだ。まあまあ美味しい。
店はかなりの賑わいをみせ客の回転数も早いので、ちゃちゃっと食べて店を出ることにした。
朝市をぶらついていると寺を見つけた。
たしか学業の神様が祀られているんだっけか。菅原道真みたいな感じ?
参拝方法があるので、線香を5つほどもらって見様見真似で仏様に手を合わせる。
やはり日本の寺と比べるとかなり派手だ。
屋根の上を見ると、日本昔話のオープニングみたいに人が龍の上に乗った装飾がある。
お堂の中で始まった読経も、日本のそれと比べて少しポップな気がする。
朝市の通りを抜けて、友達との待合場所である士林駅に向かうべく隣の民権西路站から電車に乗った。
故宮博物院を見学してみた。
朝市に寄ったせいで待合せ時間の遅刻を心配したが、無事に予定時刻前に到着。
ルーターを持っていないので通信に関しても不安だったが、駅のwifiが使えたのでちゃんと連絡を取り合うことができた。台湾のwifi環境は便利だ。
今回会う友人は女の子。
というか、台湾の友人は3人ほどいるのだが全員女の子だ。
普段、女の子と待ち合わせることなんて無いから緊張する。わりと可愛い子やし。
彼女と会うのは実に4年半ぶり。
密かな恋心のようなものを抱いている自分としては、待ちに待った再会といった感じだ。
待つこと15分。
マスク姿の女の子が話しかけてきた。
「久しぶりー」
流暢な日本語を話す彼女はまさしく例の友達だ。変わってないなー。
開口一番、待合せ場所を間違えたと言ってきた。その天然ぶりがまた可愛い。
はやる気持ちを抑えつつ、駅近くのバス停へと向かう。
彼女と一緒に故宮博物院に行く約束をしていたので、そこからバスに乗った。
久しぶりの再会で緊張してしまうことも考えたが意外とそんな事はなく、いま何をしているのかという話を互いにする。
やっぱ自然体で話せるからこそ友達よな。
「一緒に過ごした時間の多さは関係ナッシィング」ってONE PIECEのボンクレーも言ってた。
彼女はいま秘書をしているらしい。
天然で大人しい彼女にしては予想外の仕事に就いているなという印象を受けたが、意外にも仕事はできる子なのかもしれない。すごいなぁ。
そんなふうに取り留めのない話をしているうちに故宮博物院に到着。
荷物を受付に預けさっそく入館した。
世界三大博物館の一つに数えられる故宮博物院。さすがにでかい、広い。
じっくり観ていたら一日が終わりそうだ。
昼からはもう一人の友人に会う予定なので2時間ほどで館内を周ることにした。
コロナウイルスの影響で、館内は人が少なめ。
一緒に来ている女の子(モリさん)によると、いつもは中国人とかでごった返しているらしい。ある意味ラッキーだ。
これは何なんやろねー、とか言いながら館内を巡る。
時折、展示物とは全く関係ない話をしつつ彼女との博物館デートを楽しむ。
いやー、台湾旅行を強行した甲斐があったなあ。
館内を巡っていると有名な展示品を見つけた。
豚の角煮である。
予想以上にこじんまりとしているが、造形は素晴らしく本当に角煮に見える。
普通に美味しそう。
多少、人が群がってはいたが十数人しかいないので間を縫ってささっと撮影。
普段はもっと混んでいるのだろうな。
残念ながら白菜は出張中で観ることができなかった。
それでも、人が少ないおかげでたった2時間ほどで館内のほとんどを観てまわれたので大満足だ。
あと、意外に日本人が多かった。
もう一人の友人とも再会。
再びバスやら電車やらに乗って、もう一人の友人との待合せ場所へと向かう。
その道中でもモリさんとの会話を楽しむ。いま飼っている犬の動画なんかをみせてもらった。
黒い柴犬みたいに見えるけど、台湾の犬らしい。
たしかミルとかいう名前だったかな。台湾ではよくある名前とのこと。
少し踏み込んで恋愛についての話を聞いてみる。
今のところ彼氏いない歴=年齢(26歳)らしく、少し安心した。というか、自分もなんだけど。
ちなみにモリさんは自分の一つ歳上だ。
しかし、今はそもそも恋愛に関して興味がないらしい。うーん、それはちょっと望み薄というか辛いな。
また日本に行きたいと言っているので、今後に期待するしかない。
そうこうしているうちに、待合せ場所に到着。
もう一人の友人、カリカリさんと合流した。
カリカリさんはすごくサバサバしてて、話すと面白い。
出会って早々、先週ポテチを2袋も食べて顔にニキビができまくってるという話をしてきた。仮にも女の子なのに、乙女っ気なさ過ぎやろ(笑)。
温かいとはいえ、2月なのにサンダル履いてるし。
モリさんもそうなのだけど、化粧をしているようには見えない。
その素朴さが良いと思う。
台湾人でもオシャレに気を付けている人はいると思うけどね。あるいは、男として見られていない説。
少し辺りをぶらぶらする。
しばらくして、モリさんが家族から買い出しを頼まれているらしく一度別れると言ってきた。
そんなあ…。
かなり残念だが、仕方がない。
駅へと向かうモリさんを見送り、カリカリさんと自分は台北へと戻ることにした。
見送る瞬間、モリさんが電柱にぶつかりかけた。可愛いなあ。
台北市内を散策。
まだ大学院生をしているらしく、次年度から働き始めるらしい。サロン系の会社らしい。
モリさんはあまり自分から話してくれないので、こちらから話題を振らないと会話が始まりにくいのだが、カリカリさんは真逆。
一人で延々と話す。
最初こそ良いのだけど、次第にこっちが疲れてくる。
いや、まあ別にいいんだけど。
バスを降り、街を散策。
約100年前の建物があったり、南国風の通りがあったりと一観光地になっているようだ。
カリカリさんから大学構内の簡単な紹介を受けつつ歩き回っていると疲れてきたので、池の湖畔にあったベンチで休むことにした。荷物重いし。
広いキャンパスは、もはや公園化していて子供たちが元気に遊んでいる。
ガチョウなんかも我が物顔で道を歩き、それを見ながらカリカリさんと談笑する。
カリカリさんがチーズの入ったパンをくれたので食べてみる。
…胃にずしっとくるな。
前回、台湾に来た時もそうなのだけど、どうもあまり食が合わないようだ。
昨日からなんとなく胃もたれしてるし、お腹が空かない。
そういう話をカリカリさんからネタにされつつ、まもなくして大学をあとにした。
その後も、街をぶらつきながら本屋さんに入ったり喫茶店でチーズ入りのお茶を飲んだりした。
お茶はお茶として飲みたいと思った。
台湾人は政治の話をすることが多いらしく、台湾の政治事情を教えてもらったり、逆に日本のことについても教えてあげた。
と言っても詳しい訳ではないので、去年の改元について知っていることを話したくらいだ。
そんなふうにしてモリさんの帰りを待ち、今度は西門に向かうことになった。
若者たちで賑わう台湾版新宿とか呼ばれる街らしい。新宿行ったことないからよく知らんけど。
西門をぶらついた。
夕方頃、モリさんと再会。
実に4〜5時間ぶりのモリさん。会いたかったよー。
若者たちでごった返す街を見て周りながら目的もなくぶらつく。
ストリート・パフォーマンスなんかを傍目に、あたりの店を物色。
昨日、桃園空港に着いたときお土産の引換券をもらっていたことを思い出したので、モリさんたちに協力してもらいながら当該の店の探すことになった。
わりと近いらしい。
マップとかを駆使しつつ無事に店に到着。
店員さんに引換券を渡しお菓子をもらう。台湾土産の定番、パイナップルケーキかと思ったが違うようだ。
話によると、今日はたくさん引換券を持ってきた客がいたので本来渡すものがなくなってしまったらしい。
貰えさえすれば何でも良い。
タピオカ入りのチョコを試食したりして店を後にした。
その後、カリカリさんの希望で台湾のアニメイトに行ったり近くのスムージー屋さんとかに行った。
本当に台湾は日本のものをバンバン輸入しているんだなあ。
カリカリさんに至っては自分よりも日本のアニメに相当詳しそうだ。
一方で、モリさんはアニメには全く興味がないらしく、ぽけーとしながら店内を巡っている。
ちびまる子ちゃんくらいしか観たことがないらしい。まあ、興味の有無は人それぞれだからね。
モリさんが好きだという野球なんかは、逆にこっちは全然分からんし。
そんなふうに1時間ほど街を散策。
明日はモリさんは仕事があるというので、そろそろ家に帰るらしい。
えー…もう少し一緒にいたかったな。
そんなことなら一緒に買い出しに付いていくんだった。めっちゃ後悔。
とは言え、いまさら後の祭り。
写真だけ撮ってお別れすることになった。
コロナウイルスが流行っているのでマスクをして撮影。
いや、これはネタ。あとでマスクを外して撮り直した。
手前に映っているのがカリカリさんで、奥にいるのがモリさん。自分は相変わらずぬぼっとした佇まいだな。
かなり名残惜しいが、モリさんとはここでお別れ。
山口で買ってきたお土産のお菓子を渡すと喜んでくれた。
また会える日が来ると信じ、ハイタッチをして別れた。
その後、カリカリさんとぶらつき再開。
特に行くところもないので、意味もなく彷徨きながらニ・ニ八公園とかに行ってカリカリさんの説明を聞いたりした。
小1時間ほど歩き回り疲れてきたし、カリカリさんも2時間かけて家まで帰らないといけないので、そろそろお開きにすることにした。
最後にタピオカ・ミルクティーだけ購入。美味しい。
桃園空港行きの電車に乗るため駅の改札までカリカリさんが見送ってくれた。
カリカリさんともまた会いたいものである。
会ってくれたことと、色々と案内してくれたことに感謝して電車に乗り込んだ。
旅の終わりに。
翌朝8時の飛行機を取っていたので、ホテルは予約せず空港に泊まることにした。
ソファーで仮眠を取り、翌朝チェックインしたあと構内の無料シャワーを浴びた。
さすがの台湾でも夜は少し肌寒く感じた。
それにしても、昨日から豆漿とチーズパンくらいしか食べてないのに全然腹が空かない。
恐るべし台湾フード。
機内食だけもそもそと食べた。
それも、食べてる途中で回収されちゃったし。
さらば台湾、また会う日まで!
コロナウイルスのせいで中止が危ぶまれた今回の台湾旅行だが、無事に行って帰って来られて良かった。
もしかすると、モリさんたちとはもう会えないかと思っていたので会えて本当に良かった。
彼女たちと少しでも会えただけで、この旅に大きな意義があったと言える。
今回の旅で改めて台湾って良いところだなと思った。また来たい。モリさんたちに再び会うためにも。
台湾のお金が予想以上に余ってしまったが、あえて日本円への換金はしなかった。
手数料が勿体無いし、また台湾に来るという誓いでもある。
できればモリさんたちの方から日本に来た時にでも連絡をくれたら嬉しいけど、その点どうだろうか…。
待っていても仕方がないし、自分からまた台湾へ会いに行ける日を夢見て、また仕事なり何なり頑張ろうと思う。
今度会ったときに備えて、中国語を少し勉強してみてもいいかもしれない。
台湾の友達に会ってきた。
令和になって初の天皇誕生日。
2月下旬の連休に台湾に行ってきた。
コロナウイルスの件もあり家族には反対されたが、日本でも感染が拡大しつつあることを考えると、もはやどこにいても一緒だろう。
パスポートの有効期限が切れる前にもう1カ国行きたかったし、久しぶりに台湾の友達に会いたくなったので強行した。
もちろん感染は怖いから、小まめな手洗いとマスクは心がけた。
台湾旅行初日 2/22
台湾に着いたのは昼過ぎ。
さすがに空港も機内も閑散気味で、入国時には少し厳しめな検疫があった。
2時間後に九份へのオプションツアー参加を予定しているので足早に空港を出る。
2017年に開業したという桃園空港線の電車に乗り、さっそく台北へ向かった。
前に来たとき(2015年)と比べると、かなり便利になってるように思う。実に4年半ぶりの台湾だ。
車窓から外を眺めると、なんとなく日本とは違う独特の色使いをした建物が多い気がする。
しかし、パッと見ではほとんど日本と変わらない。車が日本とは逆の車線を走っているのを見て海外に来たなーって思う。
台北駅へは快速に乗ったので40分ほどで到着。
駅構内は広くややこしいので、事前に調べていた経路を思い出しつつツアーの集合場所へと急ぐ。調べてなかったらマジで死んでたと思う。
途中、変な像を見つけた。変態にしか見えない。
おそらく台北駅の待ち合わせ場所的ポジションを担っているのだろう。
九份に行ってみた。
無事に集合場所に到着し、他のツアー客と合流する。
といっても、自分以外の参加者はたったの4人。うち1人は現れず。迷子かな。
事前にツアー会社に連絡をとった際、たしか10人近くはいると言っていたはずだが、コロナウイルスのせいで減ってしまったのだろうか。
何にせよツアーは2名以上でないと遂行はできなかったので、参加してくれた3人には感謝である。ちなみに、その3人は家族で来ていた。
ある意味、勇気がある。
現地ツアーガイドの運転する車で約1時間ほど走り、九份へとたどり着いた。
天候はあいにくの雨。
足下をぐしょぐしょに濡らしながら、提灯が赤く灯り始めた堅崎路の階段を登っていく。
その筋にはガイドブックに載っているような九份の看板とも言える景色が広がっている。
かの有名な阿妹茶樓もご覧の通り。
九份では芋円という名のスイーツが有名らしいので、ひとまず階段を登りきり阿柑姨芋円という店を訪れた。
簡単な日本語が通じるのでさっそく冷たい芋円を注文し、店の奥にある展望席へ。
雨のせいで辺りは霞んでいるが、景色は悪くない。
階段を登っている最中にツアー参加の3人とははぐれてしまったので、1人で席につき芋円を食べる。…別にいいんだけどね。
芋円自体は白玉みたいな感じだ。
温かいのを選んでいたら、ほぼお汁粉じゃないかと思う。でも、けっこう美味しい。
しばらく休憩したあと、店を出て散策再開。
昔、九份は金鉱山として栄えていたらしく、鉱山にまつわる建物も散見される。
ジブリ作品の舞台に似ていることから、店先にはそれ関連のグッズも多い。
ますます雨は強くなり靴もずぶ濡れだが、折角来たので根気よく探索を続ける。
今度は肉円というものを食べることにした。
パクチーだろうか。
独特の香りのする葉っぱが上に乗っていることもあり、和食にはないパンチのある味だ。
食感はもにゅもにゅしてて、ニラまんじゅうにも似ている。THE中華って感じ。
そうこうしているうちに夜は更け、提灯の灯る街並みの雰囲気は良い。ただ、雨は台風なみに降っている。
細い路地に様々な雑貨や建物が並び、コロナウイルスでひと数は減っているとはいえ、そこそこの賑わいを見せている。
たまにその路地を、ゴミ収集車がねじ込むように走ってくる。これも、ある意味では九份名物なのかもしれない。
九份はお茶も有名らしいので、店員さんが試飲で勧めてくれたものをすすりながらブラブラした。
2時間ほど街を練り歩き、ツアーの集合場所へ。
途中途中で写真を撮りながら、夜景を楽しんだ。
士林夜市で食べ歩き。
車に揺られ再び台北付近に戻ってきた。
台北で一番大きいという夜市、士林夜市で下車しひとり食べ歩きをすることにした。
こちらでは雨は殆ど降っていないらしい。
市場には食べ物だけでなく雑貨も豊富。
なかばお祭り騒ぎのようにも思える。
店員も日本人慣れしているので日本語でバンバン話しかけてくるし、あまりの店の多さに疲れてしまったので、途中で見つけた日本人用の休憩所を謳う店に一時避難した。
そこにいた店員さんや、春休みを利用して台湾一周をしたという大学生と会話をし情報収集。
士林夜市で美味しいと話題の食べ物やお店を教えてもらった。
やはり異国の地で同郷の人間と会えるのは安心する。
情報代としてコーラを注文して、しばらく休んだあと再び市場へと駆り出した。
まず食べたのが、胡椒餅。
小さい屋台で、おばちゃんが売っていた。見た目はゴマが振ってありハンバーガーのようだ。
いざ食べてみると、かたっ!
フランスパン並に堅い。冷めてるのかな。
中には、何とも形容しがたい味がする肉系の餡が詰まっている。胡椒が入っているせいか後からピリッとした辛さがある。
美味しいかどうかでいうと正直微妙。
でも、不味くはない。
屋台で食べるファーストフードだ。
次に食べたのは鶏排。
いつも長い行列のできるフライドチキン屋さんとのことだ。
先ほどの休憩所で会った店員さん曰く、ここのチキンは揚げた後に焼いているので余分な油が落ちて美味しいらしい。
10人ほどの行列ができていたので、そこに並んでチキンをゲット。顔くらいの大きさがある。
辛いかと思ったが、予想に反してけっこう甘い。唐辛子が少し掛かっているが、それでもまあまあ甘めの味付けだ。
んー、これが行列のできるフライドチキンか…。
残念ながら、その良さは分からないままチキンを口の中にねじ込んだ。
少し胸焼けした。
次に食べたのは線麺。
口をさっぱりさせるべく、汁系のものを食べることにした。
10歳前後の女の子が接客してくれた。
その子の親と思われる店員さんかよそってくれた線麺を手に、店の奥の席に座る。
麺は線麺という名前だけあって、かなり細めだ。乳麺みたいな感じ?
スープを飲んでみると、出汁が効いている。聞いた通りだ。
聞いた通りなのだけど、あまりに鰹節が主張しすぎている気がする。
出汁が恋しい日本人向けではあるが、ここまで濃いのは…。でも、まあ今まで食べた中では口に合う方かな。
店内に設置されたテレビを観るとクレヨンしんちゃんが放送されていた。
話には聞いていたが、本当に日本の声優さんの声とそっくりだ。台湾って本当に日本の文化を取り入れすぎやろ。
中国語なので何を話しているかは分からないけど、しんちゃんたちの映像は観ているだけで楽しかった。
時刻は22時。明日は台湾の友人に会う予定なので、そろそろホテルに向かうことにした。
店員さんに軽くお礼を言って、夜市を離れる。ほんと賑やかな街だなあ。
泊まるホテルは台北駅近くのドミトリー。
電車で台北駅まで戻り、ほとんど単語の英語を駆使しつつチェックインした。
けっこうオシャレなホテルで悪くない。
去年タイに行ったときは一人部屋で少し寂しい思いをしたが、今回は相部屋なのでその点は心強い。
一方で、ある程度プライベートは守られているし、自分専用の鍵付きロッカーもあるのでセキュリティ面も安心。
部屋にあるシャワーを浴び、ベッドで明日の予定を確認しつつ寝ることにした。
続く
山口に来て1年が経った件。
ここ数日、今年の暖冬にしては厳しい寒さが日本を襲ったが今日は比較的暖かい。
とはいえ一人で過ごす夜はやはり寒々しく、心まで底冷えしてくる。
今回、2020年始まって初の投稿になる。
それにしてはあまりに辛気臭い内容ではあるが、最近なんだか精神的に暗くて仕方がない。
正月明けに地元から帰ってきてから、なんだか少し調子が悪い。
その原因自体は自分自身にあるし、その対応策としてどう振る舞うかの選択をしたのも自分だ。
しかし、それに伴う副作用がいまの状況にあるのなら仕方がないと言うしかないだろうか…。
昨年末、伯父であり上司でもある社長に口ごたえをしてしまった。
我ながらストレスが溜まっていたんだと思うが、そのせいで少々面倒くさいことになった。要は失言が過ぎてしまったわけだ。
せっかく帰省してゆっくりするつもりだったのに、両親から説教を受けたり口げんかもしたりした。
山口に戻ったらちゃんと謝るよう釘を刺されたので言われた通りにはしたが、少なくとも自分の中に蟠りが残ってしまったのは確かだ。
その日から、特に反論も反抗もしないことにした。
抗うことが無意味なことだと思ったからだ。従順を演じることで穏やかに過ごせるなら、自他ともにメリットはある。
だから、この1か月近くの間は腹を立てることはほとんど無かったし、見た目の態度はともかく少なくとも表面上は素直に従えていたように思う。
端的に言うと、感情に蓋をした。
思い返せば、前の職場でも似たようなことをしていたように思う。
無論、当時と比べたらかなり楽ではある。事務の仕事をしている以上、機械的な作業に徹することができるからだ。
けれど、その対価としてポジティブな感情も失ってしまうことを忘れていた。
この1か月間、例のジモティを使ってイベントやら集まりやらに参加することもあったが、相変わらず持病のコミュ障が発症してしまうこともあり自己嫌悪に陥るばかり。
気分転換どころか普通に悪循環。
どんどん気持ちが塞ぎ込んでしまい、他人と関わり合いたい気持ちと、自分の殻に閉じこもりたい気持ちとがせめぎあって訳が分からなくなってくる。
ついさっきも親から電話があり、最終的にケンカで終わってしまった。
自分自身に孤独耐性があまりないことを知っているにも関わらず、毒を吐いて壁を作ってしまうのは心の弱さだ。
いっそ本当に孤独になってしまえばいいのに、と破滅的な考えにとらわれる。
思い切ってLINEでも消せればいいのだけれど、その勇気すら無い。
というか、よく考えたら実際問題として友達なんて殆どいないようなものだった。
どうしたらいいのだろうか。
山口に来てから1年。なにも変わっていない。
いや、変わらないことを選択したのは自分なのだから当たり前か。
答えはなかなか見つかりそうもないけど、探すしかない。
テレビや本やネットなんかで手掛かりを探すけど、それはどれも無意味で結局は自分で見つけるしかないのだろうと思う。
自分が何をしていると楽しいのか、嬉しいのかも正直よく分からない。
それが分からないのは、わりと辛い。
何はともあれ、気分が底を付いたらそのうちまた上にあがってくるだろうと思う。
かれこれ1週間ほど暗い気分が続いているが、また明るい話題でもできればここに綴っていくつもりだ。
今日はバレンタイン。
長らく浮ついた話にご縁はないが、せめてバレンタイン司祭の冥福を祈ろう。
(追記)
この日の夜、知り合いに誘われソフトバレーを少しした後ラーメンを食べに行った。
全回復とは言わないものの、少し気が楽になった。何にせよ、ひとり寂しいバレンタインデーは回避できた。
感謝である。
2019年を振り返って。
今年も年の瀬。
暖冬ということもあり大して寒くはないが、風が少し強い。
この一年もいろいろなことがあった。
去年ほど気分の浮き沈みはなかったような気もする一方で、別のことでも大きく揺れた。
ということで、去年に引き続き2019年を適当に振り返ってみたいと思う。
では早速。
2019年
今年の良かったことベスト3!!
1.家族で岐阜旅行
夏休みに家族全員で久しぶりに旅行をした。
日帰り旅行なら年1くらいで行くし、なんなら2月にも高知へ行ったが、泊まりで行く機会はあまりない。
そんななか夏休みに山口から帰省したときに、ぽろっと話に出たのをきっかけに急遽岐阜へ旅行することになったのだ。
前から行ってみたかった下呂温泉や白川郷、石川県の兼六園なども観てまわれたので充実した休暇が取れたように思う。
久しぶりの帰省だったので、当初は自分がどんな人間だったか振る舞い方に戸惑いそうにもなったけど、妹とのくだらない掛け合いなどを通して自分を再発見できたのも良かった。
そういうのを引っくるめて、今まで自分の過ごしてきた環境の大きさを再認識した旅行だったと思う。
2.九州一周旅行
GWに高校時代の後輩と2人で九州一周の旅に出た。
今年のGWは9連休だったので、このタイミングでしかできないと思い提案した。
半ば強引に誘ったところはあったが、彼は彼なりに楽しんでくれていたのではないかと思う。
九州に行ったのは10年ぶりで、今回の旅行で初めて訪れた場所も多かった。
基本的には温泉旅行だったが、後輩くんのリサーチをもとに野湯などの穴場巡りをしたのも刺激的な旅だったように思う。
一度どういうルートで回るかについてケンカになった時もあり、彼が心の中でこの旅をどう思っているかは分からないし、二度と一緒に旅行したくないと思っているかもしれないけど、個人的には一緒に行けて良かったと思う。
なんにせよ今年だからこそできたことだと思うので、2019年を楽しんだ成果として挙げられるだろう。
3.タイ一人旅
9月の連休に1人でタイに向かった。
数年前から行きたいと思いつつ、なかなか行けていなかったのだが、パスポート有効期限が切れることもあり、思い切って一人で行くことにしたのだ。
最初、親には反対されたし、職場でも有休を取ろうとしたら苦言が出たのでかなりハードスケジュールになってしまった。
しかし、一人旅が不安だったぶん事前にいろいろ調べて一人でも困らないよう頑張ったし、そういう行動を起こせたこと自体に大きな意義があったように思う。
世界遺産は観られたし、日本とは全然違う雰囲気のお寺も観てまわれたので時間は短くても楽しめた。
とは言え、まだまだ行きたい場所はあるので、また訪れたい。
今度はベトナムにも行ってみたいし、近々台湾に再び訪れるつもりだ。
来年もいろんなことに挑戦して行動していきたいと思う。
以上が、今年の良かったことベスト3だ。
全部旅行だな…。
しかし、総括するとやはり「新しいことに挑戦して行動できた」という点が今年の大きな成果だと思う。
2019年は、山口で一人暮らしを始めたというのが大きな変化であり、それ故に自分でいろいろしないといけなくなった。
何も行動を起こさないと何も変わらない、何も起こらないということを強く感じた1年だった。
だからこそ、いろいろ挑戦したし、自分自身を楽しませるべく行動も起こした。
その結果、山口でも知り合いが増え、久し振りに女の子と2人で出掛けるなんてこともした。
そういうことを考えると、今年は我ながら行動的な1年だったなと思うわけだ。
ちなみに、悪かったことというか後悔していることは、
今年の正月にウルトラマンティガ展に行ったときに羞恥心のあまり写真を取らなかったことだ。
せっかく行ったのだから、撮れば良かった…と何回か後悔した。
後悔だけはしないよう行動したいものだ。
山口に来たことは、良かった悪かったのか、まだよく分からない。
今だって、もやもやしながら書いている。
来年がどうなるか分からないが、楽しい気持ちにたくさんなれる一年にしたい。
デートっぽいことしてみた件。
最近急に寒くなってきた。伊達に年の瀬が迫ってきていない。
一人でアパートにいると心身が冷え込んで仕方がない。事務仕事でずっと座りっぱなしというのもよくないのかもしれない。身体も心も縮こまる一方だ。
このあいだ、運動がてらスカッシュという壁打ちテニスみたいなのをやってみたのだが、二、三日筋肉痛に悩まされ自分の運動不足を否が応でも認識させられた。
筋トレでもすれば良いと思いつつも、なかなか行動に移せない。我ながら自分の筋力が心配になってくる今日この頃である。
さて、ジモティで友達探しを始めてから2ヶ月が経った。
少しずつではあるが知り合いが増え、行動範囲も広がりつつあるように思う。
一番最初に出会った30歳のFさんとは、わりと頻繁に会うようになりご飯を食べに行ったり映画を観たりする仲になった。
先ほどのスカッシュも彼と一緒に行った。
もう少し自分と同じくらいの歳の人で気軽に会える友人が欲しいなとも思うのだが、それはこれから。
あまり贅沢は言わずに少しずつ輪を広げていければ、と思う。
そんな中、一つ年下の女の子と出かける約束をすることができた。
一応それもジモティ経由だ。
約一か月前のこと、ジモティで「カメラ撮影に一緒に行きませんか」という投稿を見つけた。
投稿を見るにカメラ仲間を探しているようだった。
最初、問い合わせてみるかすごく悩んだ。
投稿には初心者もOKとは書いていたものの、そのときはまだ一眼カメラって何?みたいな状態だったので話を合わせるのも無理かなと思ったからだ。
しかし、ものは試しだと思い、そういう自分の状態も晒しつつ、ダメ元で問い合わせてみることに。
すると、意外にもちゃんと反応してくれて結果的にLINE交換まで漕ぎ着けた。予想外の展開だ。
しかも、向こうから早速お出かけの提案をしてしてくれたので、わりとスムーズに話が進んだ。
実際に出かける日も決まり、こちらとしてもカメラについて少し勉強することにした。
幸い、カメラについて初心者向けの本が近所のコンビニに置いてあったので、そこで立ち読みして付け焼き刃の知識を得た。全くの無知よりはマシだろう。
一度は天候不順で延期になってしまったものの、後日島根県の津和野という場所へ一緒に出かけることになった。
駅で待ち合わせて、津和野まで電車に揺られること約一時間。その間に、いろいろと話をした。
最初は相手の人となりを知るべく、普段何をしているのかという探りあい。
彼女はけっこう大人しい子で、地味男で定評のある自分にしてはかなり頑張って会話したように思う。
最初こそ警戒されてるようなところはあったものの、時間が経つにつれて笑顔も見せてくれるようになった…と思う。
と思う、というのはあまり顔を見てないからだ。自分の悪癖なのだが、人の目を見て話すということが苦手で、つい横や下を向いて話してしまう。そのせいで、あまり顔を覚えられていない…。
彼女自身も感情表現が豊かではない方らしいので、もう訳分からん。
それでも、なんとか会話を紡ぎ無事に津和野へ到着。
すでに昼前だったので、まずは腹ごしらえをすることにした。近くの飲食店に入り津和野名物のウズメ飯というものを揃って食べた。
事前に自分で調べていたのだが、津和野ではちょっと豪華なお茶漬けとでも言うようなウズメ飯が有名らしい。
彼女もその存在を知らなかったそうなのだが、むかし倹約令を逃れてご飯の下に豪勢なおかずを埋めて食べたのが発祥なのだという。
出汁が効いていてけっこう美味しい。
そんな風なウンチクをたれつつ食事をとり、まずは津和野城跡に向かうことにした。
津和野城は津和野の街並みを見下ろす山城で、リフトに乗ってお城を目指す。
日曜の昼下がりだというのに、津和野はけっこう人通りが少なく過疎化が進んどるなーって感じなのだが、そういう軽口を叩きながらリフト乗り場に向かう。
途中、津和野で有名な教会や太鼓稲荷神社を覗いたり通り抜けたりながら山道を抜けるとリフトが目の前に現れた。
二人で一緒に乗れるかと少し期待していたが、まさかの一人乗りで少しがっかり。
もはや邪心しかないやん、自分。
約5分ほどの空中散歩を楽しんで頂上に到着。
城跡なので石垣くらいしか残ってはいないが景色は悪くない。地元、兵庫県の竹田城にも似ている印象を受けた。実際、冬には雲海が見られるらしい。
辛うじて紅葉が残っていたのでカメラでパシャり。
自分はまだ一眼カメラを持っていないので、スマホで適当に撮った。彼女は自分の撮影に満足そうだ。
景色こそ良いもののあまり広くはなくコンパクトなので、三十分ほどで周囲を見終わってしまった。
仕方がないので再びリフトに乗り下山。
特に行くところもないので、困っていると森鴎外記念館を見つけたので提案してみた。
資料館好きな自分としては行きたいものの好き嫌いが分かれるだろうなと思ったが、意外とすんなり受け入れてくれた。彼女もけっこう本を読むらしい。
梨木香歩の作品が好きとのことだった。
大学の授業で読んだ『裏庭』がこんな所で役に立つとは…。子供向けの『西の魔女』とかも普通に面白いしね。
森鴎外の作品は『舞姫』くらいしか読んだことはないのだが、彼の生涯や人となりを知ることができた。なにより博物館デートってなんか知的で良さげな感じがする。
勝手にデートとか言ってる時点でキモいけど…。
適当に見学し終えて外へ出ると、まだ3時。
家路につくにはまだ少し早い気がしたので、近くの喫茶店に入ることにした。
喫茶店には猫がたくさんいて、可愛らしかった。
彼女の家では5匹も猫を飼っているらしく、さすが猫のあやし方も上手だった。
各々コーヒーやオレンジジュースを注文し雑談。特に話が盛り上がるということもなかったが、落ち着いた雰囲気で話すことができた。まあ、はしゃぐような場所でもないしね。
店内には薪ストーブもあり、精神的にも落ち着けたように思う。
小1時間ほどそこで時間を過ごし、帰路につくことにした。
途中、藩校養老館を覗くなどしつつ駅へと向かった。
次の約束とかは取り付けられなかったが、今回の旅で多少は距離を縮められたのではないかと思う。
自分としては頑張った。
とはいえ、実際どうなのだろう。
彼女の仕事は不定休だというし、あとは向こうに任せるしかないのかもしれない。
そういう駆け引き的なのは苦手だし、普通に友達として認識してもらえたかどうかも分からないが、自分にしては本当に頑張れた方だと思う。というか、そうだと思いたい。
やっぱ友達作りって難しいなあ。
仮に失敗していたとしても、女性経験が皆無な自分としては良い練習になったのではないかと思う。
村上水軍資料館に行ってみた。
だいぶ時間は経ったが、暇つぶしがてら先日11月上旬の連休について書こうと思う。
文化の日を挟んだ連休、広島県にある祖父の家に遊びに行った。今いる山口の隣県ではあるが、祖父の家は広島県の東の方なので実際のところ結構遠い。
朝5時半に家を出て電車に揺られること約6時間。昼前に到着した。
もちろん新幹線を使っても良かったのだが、金が掛かるし在来線でとことこ行く電車旅もそれはそれで楽しいので、車内では今度受験する簿記の勉強したり寝たりしながら向かった。
1日目は何をしたでもないが、地元から母親も車で来ていたので親子3代で久々の会話を楽しんだ。
祖母がケータイを変えたらしかったが、使い方を把握できていないようだったので、取扱方法を調べつつ教えてあげているうちに夜がきた。
祖父たちは後期高齢者なので車を既に手放しており、普段はあまり自由に出掛けられない。なので、明日は少し遠出しようかという話になった。
ただあまり歩き回ると疲れてしまうらしく、どこに行くかいろいろ悩んだ。
その結果、祖母の提案でしまなみ海道にある村上水軍資料館に行くことになった。歴史好きな自分に配慮してくれたようで、実際行ってみたいなと思っていたので楽しみだ。
その日は早めに寝て、翌日に備えることにした。久しぶりに自分以外の寝息を聞きながら寝るのは案外安心感があった。
翌日、9時に家を出て母の運転でしまなみ海道へと向かった。
あいにくの曇天ではあるが、個人的には久しぶりのしまなみ海道で自ずとテンションが上がる。
子どもの頃、祖父に何度か連れてきてもらったし、2年ほど前にも大学の卒業旅行で友達と自転車走破しに来ているので懐かしさもある。
やはり海の上を走るのは爽快感がある。高揚感も相まって曇天はあまり気にならない。祖母は残念がっていたが。
1時間ほど車を走らせると無事に村上水軍資料館へと到着した。
いつも資料館に来ると1時間は入り浸ってしまうのだが、今日は疲れやすい祖父も一緒に来ているので、あまり長居はできないだろう。今回は流し読み程度にすることにした。
しかし、その程度でも村上水軍の凄さは結構学べた。
村上水軍については名前くらいしか殆ど知らなかったが、瀬戸内海全域を支配し遠くは鹿児島まで勢力を広げていたというのだから、その豪傑さがうかがい知れる。
最近では村上海賊と呼ばれることが多いそうだが、略奪などを繰り返す無法者たちというより、その地域の首領といった感じで金さえ払えば航路案内をしてくれたらしい。
何となくだけどスターウォーズに出てきそうな人たちだ。
噂によると、関ジャニの村上くんはこの末裔らしい。意外と近くにも近縁者がいるかもしれない。
あらかた展示資料に目を通し部屋から出てくると、館内の片隅で甲冑の試着体験が行われていた。
本物の甲冑ではないが、無料とのことなのでせっかくだし着てみることにした。
学芸員のおばちゃんが着せてくれるのだが、レプリカとは言えけっこう重い。
甲冑を装備して少し身体を動かしてみるも、まあ動きづらい。実際にはこの倍以上の重さを感じつつ何キロも走ったり戦ったりするのだから大変だ。自分なんかすぐ死にそう。
かと言って、この甲冑を着てても誰かに殺されに掛かられたら怖いだろうなと思いつつ、渡された剣を片手に母親に写真を撮ってもらった。
ちなみに、この甲冑は女の人も着られるらしい。
そこで、母親も着てみたいとのことだったので昼時ではあったが特別に着させてもらうことになった。
普通は女の人はお姫様の格好をする人が多いそうだが、母親としては甲冑を着てみたかったようだ。よほどの機会がない限り、甲冑を着る機会なんてないだろうから一度体験してみたかったのだろう。
とはいえ、なんかよく分からんけど、すごく生き生きしていた。
その後、資料館のすぐ前にある物産展に行き昼食をとった。海鮮丼だ。
エビやイカをはじめ、たくさんの新鮮な魚がご飯の上に乗っていて、すごく美味しかった。
今回は注文しなかったが、ほかにも七輪を使ったサザエなどのバーベQもしているようだったので、また来てみたいなと思った。
帰りは道の駅に寄って伯方の塩が練りこまれたアイスを食べたりしつつ適当に帰った。
最初は温泉でも寄ろうかと思っていたが、祖父が疲れてしまったようなので、そのまま帰ることにした。またのお楽しみということで。
翌日には山口へと帰った。
帰る前に祖母方の墓参りに向かった。
そのときは自分が車を運転したのだが、久しぶりの普通車で少し緊張した。
母が乗ってきた車はかれこれ20年近く家族の足として使っている。しかし、さすがに寿命が来たらしく今月でお別れすることになった。だから、最後くらい運転したいと思ったわけだ。
これまで乗せてくれたことに感謝しつつ運転。少しひやっとする場面もあったが、無事に墓参りを済ませて帰宅することができた。
昼食を食べて帰り支度をはじめた。
帰りは新幹線で帰ることにした。さすがにしんどいし。
新幹線の駅の近くに従兄弟が住んでいるので、ついでに寄ることにした。
祖父母に別れを告げ、従兄弟の家に向かうと彼ら(3人きょうだい)はゲームをしていた。
みんな、中高生とかなので昔みたいに「遊ぼ遊ぼっ!」といった感じではなく勝手に遊んでいる様を見てるだけだったのだが、久しぶりの会話は楽しかった。
そうは言っても、ほとんど放って置かれてたけど。
特に生産的な話は何もしなかったが、以前会ったときに、なんか話しづらいなと思ったのは気のせいだったようだ。
きっと、自分が原因だったのだ。
前に会ったのは今年の2月頃だったが、叔父と一緒だったし、やっと引きニート生活から抜け出したような状態だったので、自分のテンションもかなり低かったように思う。
従兄弟はそれに戸惑ったのだろう。
何はともあれ、久しぶりに顔を見られて良かった。
小一時間ほど一緒に時間を過ごし従兄弟たちの家を後にした。
正月には実家に帰ろうと思っているので、次にみんなに会えるのはいつだろうか。まあ、正月だって自分が会いに行こうと思えば会えるわけだが。
この記事を書いてる時点で、すでに11月下旬。
正月なんかあっという間にやってくるだろう。何だかんだ言っても一年って早い。
もう幾つ寝るとお正月〜なんて口ずさみながら、残り1ヶ月を有意義に過ごしたい。